会社をバックレて山谷に入った時以来、すっかりドヤ街の魅力に取り憑かれてしまいました。
今回は
ちんかす王子とともに、横浜・寿町を訪ねます。
日本三大ドヤ街(東京・山谷、大阪・西成、横浜・寿町)のうち、山谷と、実は西成にも既に行ったことがありまして、今回の寿町で3箇所すべてを訪れたことになります。
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寿町は横浜市中区にある街で、山谷・西成と同様にかっては寄せ場(日雇い労働者が集まる場所)でした。
現在も寄せ場として機能しているかどうかは分かりませんが、寿総合労働福祉会館という大変立派な建物が建っていました(現在建替え中のため、写真の建物はもう存在しません)。


・寿総合労働福祉会館
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2005年には、市内のNPO・ボランティア団体が集まって「横浜ホステルヴィレッジ」というプロジェクトを発起、「ドヤからヤドへ」をスローガンに、寿町内の簡易宿泊所をバックパッカー向けの安宿へ転換させようという動きがありました。


当初はファニービー株式会社(おそらく現存せず)、現在はコトラボ合同会社が中心となって、現在も「YOKOHAMA HOSTEL VILLAGE」は運営されています。
複数のドヤの情報を集約し、ヘッドオフィスで予約を集中管理するという合理的なシステムです。
英語のサイトも用意されており、「海外バックパッカーを誘致しよう!」という意気込みが伺えます。


という話を軽く聞いていたため「今夜の宿くらい簡単に見つかるだろ!」という安易な考えで寿町に入ったのですが、ここから意外な苦戦を強いられました。
4軒回って4軒ともで「短期・紹介なしの宿泊は受け付けていない」と断られてしまったのです。
端的に言えば、私の訪ねたドヤは現在すべて生活保護の方向けの施設となっていて、福祉事務所等からの紹介が無いと泊まれないそうなのです。
「ドヤからヤドへ」のスローガンのもと、今も頑張っていらっしゃる人がいるのでしょう。しかしやはり現実は厳しいようです。


山谷にしても西成にしても、現在は寄る辺行く宛のない人々を最終的に収容する役割となっています。
その結果、地区内の貧困・高齢化・孤独死等が問題となりつつ、街が少しずつ死へ向かっているように感じているのですが、寿町も同じ道を辿るのかもしれません。


5軒目、現役のドヤは諦め、元はドヤ、現在はリフォームしてゲストハウスとなった宿を訪ねました。
今はゲストハウスとして看板を出していますが、設備はれっきとしたドヤのものです。
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部屋は割と広め、正味4畳くらいあったと思います。
床は畳ではなくフローリングで、寝床はベッド。部屋はたしかにホステルかゲストハウスといった雰囲気。
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廊下の郵便受けから、ドヤの名残を感じます。
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夜中は寿町内にある居酒屋で王子と引き続き酒を楽しみます。
マレーシア人の女性さんから「カラオケ!私歌ウ!100円ネ!」と金をせびられるというハートフルな出来事もありました。


写真を無くしてしまいましたが、コイン式のシャワーもありました。3分100円。
宿泊客は外国の方が多いようで、私の前にシャワーを使っていたのが欧米人の女性、私の後に入ってきたのが中華系の女性でした。ふっくらしてしまいますね(^_^)


翌朝はとある喫茶店でのんびりモーニングを摂っていると、ある時間帯から店に人が集まりだしました。
皆さん、コーヒーを頼むこともなく店内のテレビ(何故か横並びに4台置いてある)に釘付け。
どうも馬(競馬)、船(競艇)、自転車(競輪)を同時に映しているらしく、夢中でギャンブルに興じているようでした。
寿町には近くにボートレースの場外舟券場があるほか、町内にはノミ屋が何件もあるそうです。
盛り上がってきた所でお邪魔にならないうちに退散しました。


寿町にかぎらず、山谷にしても西成にしても言えることですが、日本では珍しいスラム的地域でも、海外と比べれば治安ははるかに良いです。
住んでいる住人はお年寄りばかり、違法賭博やタカリ、置引きくらいはあるかもしれませんが、ちょっと気をつければなにも問題ありません。
個人的には池袋とか難波のほうが治安は悪いように感じます。


ドヤ街、印象は悪いかもしれませんが、いろいろな都市の歴史を見ることができます。
もし関心があれば是非一度訪れることをお勧めいたします。
ただし、無遠慮にカメラを向ける、不躾に声を掛けるなど、そこで暮らしている人に不快な思いをさせないよう気を配って下さいね。