揚輝荘は、松坂屋百貨店の初代社長であり、伊藤銀行(旧東海銀行の前身)はじめ実業家として東海財界に名を馳せた、伊藤祐民が作った迎賓館です。
松坂屋というと、いわゆる「名古屋五摂家(松坂屋、東海銀行、東邦ガス、名古屋鉄道、中部電力)」の一角です。
2007年には大阪大丸百貨店とともにJフロントリテイリングHDを設立、同社傘下の百貨店として、今日も営業を続けています。


揚輝荘、当初は祐民の別荘・居宅だったのですが、百貨店のオーナーであった祐民が取引先との商談などでココを使っているうちに、その建物や庭園の見事さが政財界で評判となり、そのうちに政府や軍の高官、皇族の方なども遊びに来るようになったそうです。

また、国内外から名古屋へ学びに来た学生の寄宿舎としても開放していたそうで、揚輝荘の復元模型を見ると、弓道場や馬場、テニスコートなどのレジャー設備もあったことが分かります。
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元々の敷地は10,000坪程と大変広大だったそうなのですが、再開発が進んでマンション等に変化していき、現在は1,000坪程が残されています。


大正18年、揚輝荘に最初の建物が建築され、その後荘内はだんだん賑やかになっていくのですが、昭和20年の名古屋空襲で建物の多くが消失、戦後はGHQの宿舎として接収に遭うなど、苦難の道を辿ります。
その後は松坂屋社員の独身寮となるのですが、これによって建物の間取りは随分変わった姿になったそうです
(大部屋を小部屋に分ける、パーティールームを食堂に改装するなど)。
2006年、揚輝荘の所有者であった伊藤家から名古屋市へ土地・建物が寄贈されます。
名古屋市と伊藤家は協力し、揚輝荘の図面や資料を元にして当初の姿を復元、一般に公開されるようになりました。
施行は竹中工務店だそうです。


現在の揚輝荘は、北園(庭園が中心)と南園(迎賓館が中心)に分かれています。
たまたま北園の入り口近くにいたので、北園から見ていきます。


北園
北園入り口案内
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庭園入口側より
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カキツバタが咲いていました
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古民家『栗廻屋』跡
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伴華楼(ばんがろう)
和茶室と洋室が組み合わされた建物です。
バンガロー(bungalow)をもじって、こう名づけられました。
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どことなくハワイアンな感じがします。
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敷地内にはお稲荷さんもあります。
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白雲橋
京都にある修学院離宮の『千歳橋』を模して造られたと言われます。
橋の両端が広くなっていて、音楽や舞踏の舞台としても利用されています。
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白雲橋の窓から庭園を臨むと、景色が鮮やかに見えます。
(写真が明るいのは、単にカメラの露出の問題ですが……)
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三賞亭

茶屋町(現在の中区丸の内2丁目)にあった伊藤家本宅から移築された茶室で、揚輝荘で最初に建てられた建物です。
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現在は北園と南園の間にマンションが建っていますが、間の通路に限り開放されていて、遠回りせずとも通り抜けることが出来ます。


南園
聴松閣
迎賓館として国内外の要人をもてなした、揚輝荘の主役とも言える建物です。
西洋の山荘風にデザインされています
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中も、ロッジのようになっています。
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階段の手すりには紋様・透かし彫りが施されています。
固い栗の木を、職人さんが一生懸命削ったそうです。
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円形に配置された窓とソファ
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喫茶『べんがら』
もとは聴松閣内の食堂でした。
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寄せ木の床
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祐民は、32歳の頃にビルマの僧侶ウ・オッタマの知遇を得て以来、東・中央アジアの仏教文化に傾倒していきます。55歳の時には、ビルマやインドへ仏跡参拝の旅にも出てます。
祐民の趣向をこらした中華風・アジア風の建築意匠を、聴松閣の各所に見つけることができます。

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この天窓、普段は開け放たれているのですが、夜になると閉められ、上階に従業員が寝起きしたそうです。
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台所もあります。
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お風呂もありました。
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地下
聴松閣の最も面白い場所、それは地下にある謎のトンネルです。
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これ以上入ることはできませんが、この下に約170mのトンネルが続いています。
このトンネル、建造目的がまったく不明で、当時の資料もなにも残っていません。
1937年の聴松閣竣工とほぼ同時期に作られたことから、戦時の緊急避難用ではないかとも言われています。
また、トンネル最奥にはインド風の部屋が造られていることから、インドの石窟寺院を模したものではないかという説もあります。個人的には、こちらの説を推したいですね。

トンネル入り口そばの壁には、アジャンダ石窟寺院のものを模した壁画が描かれています。
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地下の柱や梁には、インド風の紋様が施されています。
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旧舞踏場
迎賓館であったせいか、地下にはダンスホールがあります。
現在もここで催事が開かれているそうです。
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舞踏場には、バーカウンターも。
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ヒマラヤ模様の磨りガラス窓
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舞踏室最奥、旧シャワールームです。祐民はここで瞑想していたとか。
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倉敷・大原家関連の建築物もそうですが、昔のお金持ちが造った建物というのは非常に瀟洒で、かつ当時の流行がよく現れていて、大変見応えがあります。
入場料はたった300円、日泰寺と合わせて是非ご覧ください。


この後、覚王山の隣にある池下駅へ歩いて向かい、JJクラブに入りました。
名古屋の箱では、初めに入店料(2,000円程度)を支払わなければなりません。
JJクラブは素晴らしいお店で、マジックミラー越しにアレをアレできます。
また、フリーに限り名古屋名物の「モーニング・サービス」を実施しています。
揚輝荘と同じくこちらも大満足で、短い旅を綺麗に締めくくることができました。


覚王山と揚輝荘、寺と屋敷、地味なスポットに思われるかもしれませんが、それぞれ名古屋の街ともに歩み、歴史を刻んできた名跡です。
あと、10分歩いて池下まで足を伸ばせば、ステキな健康スポットもございます。
名古屋へ行った際は、是非ともお訪ねください。


揚輝荘
愛知県名古屋市千種区法王町2-5-21
名古屋市営地下鉄東山線 1番出口から徒歩約8分