ホームレス生活は耐えられず、山谷のドヤに入ったわけなのですが、ゴールデンウィークで世間はお休み、アテにしていた日雇い現場もお休みなので、特になにもすることがありません。
ヒマなので毎日近所をブラついたり、食べられそうな草を探したり、公園へ水を汲みに行ったり、図書館へ行ったりしていたのですが、中でも印象的だったのが吉原遊郭跡です。


吉原遊郭は、江戸時代初期に作られた、伝統ある遊郭街です。
山谷の街から少し南西、吉野通り側からいろは商店街を抜けたあたりにあります。
明治期には政府による芸娼妓解放令が出され、戦後はGHQによる公娼廃止が行われましたが、そのたびに業態を変化させ、今日では日本最大のソープランド街になっています。
火災や空襲で過去に何度も焼けていますが、何度でも蘇ってきた強い街です。

山谷と同様、「正式な地名としての吉原」はもう存在しませんが、今でも台東区千束3・4丁目のソープ街を指して『吉原』と呼びます。
私の所持金は3桁なので、当然お風呂にはいることはできませんが、歴史・文化のある地域で街並みもユニークです。

吉原大門
かって遊郭への入り口があった場所です。
今は交差点の名前と、見返り柳(写真中央、ガソリンスタンド前の柳の木)を残すのみとなっています。
見返り柳、吉原で遊んだ客が、名残惜しさにココで立ち止まり廓を振り返ったことから、この名がついたそうです。
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吉原大門から見た街並み
昼間なせいか、あまりスケベな香りはしません。
買い物帰りの主婦っぽい人、ウォーキング中のおじいさんなども通りがかります。
普通です。
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トクヨク
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トクヨク
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地図
さすが日本最大のソープ街、地図の半分がソープです。
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お散歩したのはお昼前後だと思うのですが、すでに路上に客引きのボーイが出ていまして、熱心に声を掛けてくるので参りましたが、財布の中身(小銭のみ!)を見せたらすぐに諦めてくれました。
(そもそも路上での客引きは法律で禁止されてるはずなんですけどね……)

というわけでおちおち歩いてもいられず、さっさと立ち去って、次は吉原と縁の深い『浄閑寺』というお寺を参ることにしました。

途中、竜泉という地域には『一葉記念館』があります。
樋口一葉がこのあたりに居を構えていたそうです。
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浄閑寺は、日比谷線三ノ輪駅3番出口すぐの場所にあります。

入り口
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この寺は、遊女の投げ込み寺として有名です。

1855年に起きた安政の大地震、その時に亡くなった吉原の遊女の遺体が、この寺へ投げ込まれるようにして葬られたことから、こう呼ばれるようになりました。
その後も、吉原大火・関東大震災・東京大空襲で生命を落とした遊女が、この寺に葬られました。

吉原に限った話ではないですが、廓の遊女は言ってしまえば「営業用の資産」です。
吉原遊郭にも、大切な持ち物である遊女を逃がさないための仕組み(廓を囲う大溝、高い塀、出入り口の制限、下男による監視)があり、このために災害時の被害が大きくなったと言われています。

火災・地震以外に、病で亡くなった者、自殺・心中した者、執心した客に殺された者などもこの寺で供養されており、浄閑寺の過去帳(死者の記録)によれば、その数は25,000名以上に上ります。
年季を終えて娑婆に戻る者、金持ちに身請けされる者もいたそうですが、それは少数で、多くの遊女が20代前半で生命を落としたそうです。
遊女の悲しい生涯は、川柳にも詠まれています。

生れては 苦界死しては 浄閑寺(花又花酔

新吉原総霊塔
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塔の台座の窓には、牢獄のような檻がはまっていて、そこから遊女の遺骨を収めた白亜の骨壷が覗いています。

特別申し上げることは無いのですが、近くまで寄られたら是非お参りしてほしいと思います。
若い女性の霊ですので、髪留めや化粧品などが喜ばれると聞きました。


さて、ゴールデンウィークも終わり、そろそろ世間には仕事が出だすはずです。
ところが残念なことに、肝心の勤労意欲がゴッソリと消えていました。
(山谷は怖ろしいところです)
金もないし、今度は無期限でホームレスか……そう思っていたのですが、捨てる神あれば拾う神ありで、なんとかなることになりました。

もう少しだけ続きます。